春は出会いのシーズンでもあり、同時に分かれのシーズンでもあります。私たち厚生連健康管理センターでも、長期間糖尿病外来を支えてきた磯野さんが昨年産休に入ったのに続いて、外来を切り盛りしてきた宮崎さんも退職されて、がらりとメンバーが変わりました。新たなメンバーで従来にも増して充実した外来を目指したいと思います。別れのシーズンというと我が家でも長女が今年大学に入り、次女だけが家に残ってすっかり寂しくなりそうです。以前この「お元気ですか?」でも子供の受験等を契機にストレスが原因で糖尿病が悪化するという事を書きましたが、受験は親にとってもストレスだと実感した次第でした。
●人間のやるべき事は3種類
私的な近況報告はこのくらいにして本題に入りましょう。県内の多くの病院の外来で皆さんへの呼びかけ方が「○○さん」から「○○様」に変わってきた事をお気づきですか?これも、「医療もサービス業」という考え方に基づいたものなのでしょうか。意味もなく権威主義的な診察態度を取る医者や、暗くて気のめいるような診察室や、無愛想な看護婦などを一掃するのには「医療もサービス業」という考え方は実に役立ちました。
しかし、「医療の本質がサービス業」と言われると僕には大いに「違和感」があります。
今回はこの僕の持つ違和感を手始めに、患者さんと病気に対する僕の考え方をお話してみたいと思います。
さて皆さん、CSルイスを知っていますか? 彼(?)は、オックスフォードやケンブリッジの教授であり、「ナルニア国物語」等の児童書の著者で有名な方で、その他にも数々のキリスト教関係の書物を執筆しています。そのCSルイスが人間のやるべき事は3種類しかない書いています。一つ目が「人のなすべき事」です。例えば親孝行をする、人に親切にする、人を傷つけないなど人間の尊厳や徳に関連した事項です。二つ目が「人がしなくてはいけない事」です。例えば朝起きたら食事をして、歯を磨いて、衣服を整えて、一日の生活を始めるといった類いのことです。確かに生活の最低限の必要事項で、生活習慣に属する事柄が多く含まれています。三つ目が「人のやりたい事」なのだそうです。これは人間が自分の能力を伸ばし自己実現を計ろうとするものです。例えば朝の連続テレビドラマの満天のように宇宙飛行士になろうとか、歌手になりたいといった夢もあるでしょうし、もっと身近なものでは店の売り上げを倍にしたいとか、もっとおいしい桃を作りたいとかいった事です。ある意味では、人間の欲望と結びついています。3番目は絶対なくては生きていけないというものではありませんが、人間の意欲や向上心と結びつき、なかなか人間臭いところです。まとめると1番目は人としてするべき事、2番目は生活のためにする事、3番目は自由にする事です。これらの三つがバランスよく行われている程幸せな生活を送っていると言えるでしょう。
さて、世の中のサービス業の多くは、ルイスによる3番目の「人のやりたい事」=人間の欲望あるいは自己実現を助けるために存在します。たとえば容姿を磨くために美容院があり、食欲を満たすためにレストランがあり、旅行中の快適さを提供してくれるホテルがあります。「医療のサービス業」というならば、医療の提供するサービスの目的であろう健康な肉体と長寿は、3番目の「人のやりたい事」に入るのでしょうか? これが問題なのです。まず親にもらった(もう少しルイス風に言うと「神様に頂いた」)肉体をできるだけ良い状態に保つ事は、ルイスによる1番目の「なさねばならぬ事」に属すると僕は思います。そして、糖尿病の患者さんにお勧めする運動や食事の節制は、2番目の生活のためにする事に属すると思います。
●病気を受け入れ、これを乗り越えて、そのやりたい事をやる自由
言い方を変えると病気を重くするしないは、人間の自由で選択するべきものではありません。病を得る事は仕方のない事ですし、そのために健康を害する事も多々あり、そのうち幾らかは人の力ではどうにもならない程の重いものです。しかし、暴飲暴食をして(ごく少数の患者さん方ですが)体を壊すと言う自由を人が与えられているとも、そんな自由を勝ち取る事ができるとも僕には思えません。体を壊す自由が得られる時がもし来たとすると、それは壊した体を完全に元に戻し得るだけの医学の発展があった時でしょう。そう考えると「医療もサービス業」という事すらおこがましいのかもしれません。現在医療が提供できるサービスは病気の進行に関する情報と、それを幾許か食い止めるだけの薬剤等の限定的な手段に過ぎません。重い病気に対しては我々医者の出す薬は気休めでしかなく、一緒に祈る事ぐらいしか出来ないという実情があるのです。患者さんの持っている自由とは、病気を前提にして、これを出来うる限り抑えてその上でやりたい事をやれるという事だと思います。
●お客様はいつも正しい??
「医療もサービス業」に対して感じられる「違和感」のもう一つの側面をお話しします。「医療もサービス業」ならば患者さんは「お客さん」でしょうか? 日本語だと「お客様は神様です」となります。英語では「お客様はいつも正しい」[Customers are always right] と表現されます。患者さんが正しくて僕が間違えている事もしばしばあるのですが、その逆も非常に多い事は事実です。例えば、あるお客さんが車を買おうとする前に、車体の色は赤が良いというとそれは常にお客さんが正しいといえると思いますが、糖尿病の治療においては、たとえ患者さんが「蜂蜜が体に良い」と言っても、患者さんが間違っていると言えるでしょう。
●糖尿病の治療で一番困る患者さん
厚生連で僕が診ている患者さんが概して温厚で、お話をしていて楽しい方が多いのですが、時には意思が通じない事もあります。
糖尿病の診療で一番困る患者さんはというと、とっくにインスリン治療を始めなくてはいけないのに、自分の主義主張?に沿って導入を拒否される方。薬や体を試すのだといって好き勝手に治療に自分で手を加えられる方。基本的な(食生活を含む)生活を変える事なく血糖だけ下げる治療を望まれる方などです。厳しい言い方をするとそれらの行為は「ゆっくりとした自殺行為」に属します。これに加担する医療サービスはありません。いずれも現代医療でこれらに対処する方法はありません。私達は治療を切り売りする事は出来ないので、充分な医療が出来ません。そんなときは「医療もサービス業」と言って出かかった言葉を飲み込む時もありますが、後から患者さんの寿命を縮めた事を後悔します。
色々考えると患者さんに対しては「○○様」よりも「○○さん」の方がフレンドリーでより一層、一緒に歩むといった姿勢が出て感じが良いように僕は思うのですが、皆さんは如何ですか? というわけで診察室から顔を出して患者さんをお呼びする時には、僕は今でも「○○さん」なのですが「○○様」と呼びかける時には何かの心境の変化があったのかなと思ってみて下さい。
では、暖かい季節です。少しでも体を動かして体に良い事をしましょう! |